« 第14回 : Love Psychedelico | メイン | 第16回 : Eric Clapton »
2008年10月20日
第15回 : Nyee Moses
先日 Nyee Moses という女性シンガーの仕事でカタリナアイランドという島に行ってきました。ロングビーチから船で約1時間程で到着。会場入りした後、サウンドチェックまでの短い間に、昼飯を食べに行く。会場から徒歩3分のイタリアンレストランで、テーブルを囲みチキンカサディアを食べているのが Alex Alessandroni (Bobby Brown, Christina Aguilera, Pink, Earth Wind & Fire などのキーボード、兼音楽監督仕事) クラブケーキを食べているのが Reggie Hamilton (Bette Midler, Babyface, Seal, Whitney Houston などのベーシストで、僕の事を推薦した張本人) ギターの Juan Carlos Quintero、サラダを食べているプロデューサーの Susan Youngblood、ツアーマネージャの Doug Anderson、何故か海辺でステーキを注文した Makoto Izumitani の6人。海を眺めながらのランチは、とても気分が良く、美味かった。
食べ終わるか食べ終わらないかぐらいになって Susan が、『あっ、もうこんな時間!!。5時5分前よ。サウンドチェックは5時からだから急いで会場に戻らなくちゃ! ほら皆、はやく早く!!』 と言って Doug と急いで立ち去る。他の連中も次々に急いで戻って行った。最後に残った快楽主義者の二人、イタリア生まれの Alex と日本生まれの自分も(ちぇっ、仕方無いよな。。)という感じで、まるまる残っていたアイスティーを一気飲みして、しぶしぶ席を立った。
会場に戻るが、この日同じステージに出演したアーティストのサウンドチェックが長引き、1時間以上も待たされた。結局自分達がステージに上がりセッティングを始めたのが開場予定時間6時を少し回った 6時15分。ちなみに開演は7時。急いでドラム周りのセッティングを開始する。
この仕事を任された時にマニュピレーターの仕事(プロツールスの入ったコンピューターのオペレート)も頼まれたのだが、Susan 所有のマッキントッシュがプレイバック中にフリーズする。一度アプリケーションを閉じて、再起動してみるが、又直ぐ止まる。コンピューター関係は、べらぼうに強いベースのレジーが来て、色々設定を変えてみるが、2分も持たずに止まる。皆止まるたびに、人の顔見て"What happen?(どうなってんだ?) "と聞いて来る。アホか!?こっちが聞きたいぐらいだ。そして15分程だったサウンドチェック中、ずっと他人のイカレタコンピューターと格闘していた為、モニターエンジニアに何も指示を与えられず、何も聞こえない。レジーの経ち位置が丁度アレックスと自分の間にあって、音楽監督の合図は何も見えないが、それを直す暇もなかった。FOH のエンジニアは時間に追われ怒鳴りだし、ベースのノイズにずっと文句を言い続け、結局プロツールスは使えず NG という状況で6時30分に強行開場。
サウンドチェックが終わり客がどんどん入って来る中、ステージに残り、ようやく少しだけドラム周りの調節をする事が出来た。そしてプロツールスの代わりにバックアップが使われる事になり、それ用に別のヘッドフォンアンプ、DI などをつなげた所で、楽屋に戻る間も無く開演。
最初の4曲はバッキングトラック(主にパーカッション、バックグラウンドヴォーカルと幾つかのキーボード) と一緒に同期演奏。ドラムライザー下からのライトが眩しい上、譜面台のライトが弱くて譜面が良く見えない。一度止めたバックアップをもう一度プレイバックしようとするが何故か出来ない。そうこのバックアップはショーのセットリスト全てが1つの長い曲として入っていた為、セットの途中からの頭だしは不可能だったのだ。この時点でバックアップの使用も不可能になり、トラック無しで演奏を続ける。
サウンドチェックには出て来なかったゲストのトランペッター Greg Adams (元 Tower of Power のメンバーで、グラミーにノミネートされた "What is hip?" などのホーンアレンジメントをした人です。)が登場、耳を研ぎ澄ませてモニターから出て来ない広いステージ上はるか遠くにいる彼の音を聞いて盛り上げる。なんとか乗り切って終わらせた。客は盛り上がっていたし、トラック無しの完全生演奏になって、逆にバンドが自由になってダイナミクスが出て逆に良かったのかもしれない。
こういうアンオーガナイズな状態で、やらなくてはならない状況も、たまーには有る訳だが、ラテングラミー生中継の仕事を終わらしたばかりで、ホイットニーヒューストンのツアーメンバーでもあった、Alex と Reggie は、一流のクルーと仕事をする事が多いとあって、『だからよー、田舎のスタッフは仕切りが悪いーし、使えねえーんだよ。』みたいな雰囲気を出していて相当機嫌が悪かった。まあ終わった時点では、笑い飛ばしていたが。。。Suzan が帰りの船の中で、『せっかくこんな良いメンバーを集めたんだから、次回はバッキングトラック無しでやらない?』 と提案する。それは一利有る。
そして翌週少し違うメンバーで再度同じフェスティバルへ。ベースが Reggie Hamilton から Oscar Cartaya (Spyro Gyra, Herb Albert, Jennifer Lopez, Celia Cruzなどをやっていた人です。)に。トランペットが Greg Adams から、Brian Swartz に。そしてパーカションに Kenny Loggins, Joe Zawinul, Chaka Khan, American Idol Band などの Kevin Ricard が参加。前日に来たメールにケビンの名前が載ってるのを見て、コンピューターは、使わないのだと思い込んだ。同じ船には、この日のヘッドライナーの Mindi Abair とそのバンド達が揃う。向こうのバンドの中にも友達や知り合いがいて、中々良いムードだ。
会場に着き次第、Mindi のバンドが直ぐサウンドチェックを始める。こちらも急いで飯を食いに行く。サウンドチェック開始予定時刻を少しすぎた5時20分、会場に戻る。どうだ? よし、Mindi のバンドのサウンドチェックは終わっている。当たり前の事だが、先週の事が有った為、ついつい機嫌が良くなってしまう。
楽器をセットし始めキック、スネア、タム、と一つ一つ FOH のエンジニア(PAのエンジニア)にシグナルを送っていたその時、ツアーマネージャーのダグが突如コンピューターを持って来る。『これ使うわけじゃないだろうな?』 思わず強い口調で聞いてしまった。『いや、俺もそう思ってたんだけど、今になってスーザンが使うから楽屋に取りに行ってセットアップしろと言ってきたんだ。』『けどセットリストも先週と違うだろ?』『新しく編集し直したらしい。』『OK、じゃあつないでくれ。やってみよう。』 FOH のエンジニアが例の調子で、『そろそろ時間も無くなってきてるぞ。コンピューターは無かったんじゃネーのか?』と叫び始めた。『解った、とりあえずダグがコンピューターをセットしている間に、トラック無しで出来る曲から始めようぜ。それでとりあえずモニターのバランスは決められるだろ。』と提案する。 アレックスが『良いアイディアだ、じゃあ5曲目から、1、2、3、4、』 演奏しながらモニターエンジニアに指示を出す。『もっと、Keyboards, Bass, Guitar, Percussion を上げてくれないか? あとキックがデカ過ぎるから、少し下げてくれ。』 少しずつ良くなってきた。Kevin がコンガのレベルを揃えてくれと、指示を出す。コンピューターも準備ができた。『よし、次コンピューターと同期の曲行くぞ。』『1、2、3、4、』 アレックスがエンディングのキューを早く出し過ぎた。全然慌てない。本番さえ上手く行けば良いのだ。コンピューターも止まらず安定している。モニターが出来たら、アレックスがステージ前方に皆を円形に集め、最終確認をする。セットリストと譜面を見ながら一曲ずつ大事なパート、曲の変わり目の指示を明確に出して行く。それでサウンドチェックも終わり。そして本番。
全てうまくいった。一番びっくりしたのは、ベースのオスカー。完璧なグルーブで美味しいフィルも沢山決めていた。
実はこの仕事、4時間のリハーサルが、1週目のギグの前に2回有ったのだが、音源を渡されたのがその前日。譜面を渡されたのは当日で、しかも、もらった楽譜のコピーが凄く薄くて全然読めない。1回目のギグ前日にあった2回目のリハーサルはレジーが来れずにオスカーが変わりに来た。そして1回目の最悪のギグの後2回目のギグまでは何も無かった。かなりいい加減な状況。しかし本番はバッチリ決まった。しっかり良い演奏が出来た。
やっぱこうでなくては。有る程度のメンツが集まって、各自がそれぞれのパートをきちんとこなせば、こんなもんだ。
楽屋に用意されたワインで乾杯!! 酒も超美味く感じる。楽屋でも帰りの船も皆機嫌が良く、ジョーク大会で盛り上がった。
無理してスケジュール調節して、本当に良かったと思ったひとときだった。
マコトさんのサイトはこちら
マコトさんのインタビューはこちら
|
|
||
2002-2010 Prosound Commucnitaions Inc |
|
|
|
|
||
