Xoticの創始者Hiro Miuraインタビュー (3/5)

ーアメリカのビルダー達の素顔

XoticBassを製作中、まなざしが真剣です。

PCI:ターナーギターを復活させたんですね?
Hiro:そうですね。ありがたかったのは彼が業界にたいへん顔が広く、トム・ホームズとかアコギのダン・マッサーとかロイ・ノーブルとか色々な人を紹介してくれたんです。そのおかげでどんどんネットワークが広がり、取引が増えて行きました。それからクラインギターを紹介され頻繁にサンフランシスコの方へ行く様になってから、アコースティック系、アーチトップ系のたくさんのビルダーともお付き合いが出来る様になりました。

PCI:ドン・グロッシュ、タイラー、ジョン・サー、トム・アンダーソンなどロサンゼルスのカスタムギタービルダーとの付き合いのきっかけは?
Hiro:彼等との付き合いはもっと後になってからでここ7年くらいですかね。日本からピックガードの材料を取ってあげたりしていたんで結構皆さんに重宝がられました。こちらのビルダーの人達は日本の情報を知りたいので、皆さんから日本のことを良く聞かれました。日本の雑誌を持って来て、「これはなんて書いてあるの?」とか良く質問攻めにされました。(笑)

PCI:今までに付き合ったビルダーの方々の中で特に印象に残っている人達は?
Hiro:皆さんそれぞれインパクトありましたね。日本にいた頃、日本のギター工場などいくつも見学させて頂きましたが、こちらへ来て事情が違うのに驚きました。一人でやっている所が多くて、特にマイケル・スティーブンズ、ソモギなど、
たった一人っきりという工房が本当に多いんです。皆それぞれ自分で作った工具や治具を上手く使ってギターを作ってるんです。一人で全てやります。日本だと大体工場に頼んでボディーとネックを作ってもらい、それを組み付けるという工房が多いのですが。 

 

アコギの匠、ソモギ 全て一人で作る究極のこだわり

PCI:

PCI:日本では工房による個性はアメリカ程出ないかもしれません。

Hiro:そうですね。別に工場でボディーやネックを作るのがいけないって訳では無いんですが、板の状態から買ってきて、そこから削って最後までたった一人で仕上げてしまうというのをこちらで初めて見た時はショックでした。それから細かい装飾とか結構些細なことにも一生懸命手間をかけるんです。そして年間10本位しか作らないことも多いんです。もっとも、それくらいしか作れない程手の込んだことをしてるんですが。 

PCI:それで生活出来ちゃうってことがアメリカのいい所かもしれませんね。
Hiro:そうなんです。最初は本当に驚きました。ターナーさんっていうのは色々な新しいアイディアの塊だったし、マイケル・スティーブンズはフェンダーのカスタムショップの初代のボスでやってましたけど、ギターの仕上がりについては本当に素晴らしい物を持っていました。また、トム・ホームズの、ピックアップに対する僅かなことにも妥協しない姿勢も感心しました。

PCI:トム・ホームズとは長くお付き合いしている様ですね。
Hiro:1991年からの付き合いです。ターナーさんの紹介で。トムの工房には何度もお邪魔しましたが、彼も全て一人でやっています。すごいなと思ったのは、ピックアップカバーまで自分で作っていたことです。普通ああいう物はプレスで抜く訳ですから外注しますよね。昔のギブソンにあったとかいうプレスの機械を持っていて、自分で抜いて磨いていました。メッキも最初は外注に出していたそうなんですが、仕上がりが気に入らないので結局自分で機械を買ってメッキまで全部自分でやる様になりました。 

PCI:一昨年会った時には、売っているネジが気に入らないので、ネジまで自分で作るって言ってましたよね。 
Hiro:「俺が作ったネジは世界一だ!」って言ってました。(笑)

ーXoticと言うブランドに注ぐ情熱

PCI:そういうアメリカの素晴らしいビルダーの方々の影響を受けXotic Bassが生まれたんですね。特に最初にXotic Bassを作った時に気をつけたことは何ですか?
Hiro:ちょうどその頃カスタムベースが全盛でした。そしてカスタムベースで使われるピックアップはバルトリーニが8割くらいで後はEMGでした。アクティブ全盛期でしたね。メーカーとしてはサドウスキー、フォデラ、トバイアス、タンとかが主役でした。96年です。アンプではSWRが全盛でしたね。Xotic Bassとしてはその中でどの様に他にない特色を出せばいいのか随分悩みました。

 

 

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