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2005年12月19日
第25回:自分に毒を盛れ!
***さてと...何から書こうかな...
このコラムへの投稿は、俺にとってちょっとした日記であり、日常の出来事を文章に変換しただけの随想のようなものだが、最近はその変換さえおっくうになってしまうほどあまりにもめまぐるしい毎日で、コンピューターの前に座る時間をみつけることさえ難しい。極端な言い方で表現すると、今自分と現実がいったいどんなつながりかたをしていて、いったいどんな位置関係にあるのかがわからなくなってしまった、そんな気分だ。小さなボートに長時間乗った後、陸へ上がっても体がゆらゆらと揺れる感覚、あの感覚に近いともいえるかもしれない。
ホームページの日記(Journal)や掲示板(BBS)で大体の経緯を伝えてきたとおり、2003年初めから演奏活動を共にしてきたデボラ・コールマンが今年10月のツアー初日(10月21日)、約束の時間になっても集合場所に現れず、我々バンドメンバーやマネージメント・オフィスからの再三にわたるコンタクトにも応じないまま、結局それから3日後に、「音楽活動休止。」という一方的なメールを送ってよこすことで今年中のスケジュールを全てキャンセルしてしまった。合計20近くのギグが目前で白紙に戻され、俺を含めたメンバー三人はいきなり職を失い、宙ぶらりんの状態に置かれるという無情な状況、とんだサンクス・ギヴィング、クリスマス、師走になってしまったわけだ。
取るものもとりあえず、メンバーの一人は実家に一時帰郷し、また一人は自宅周辺でパートタイムを探し、俺といえば、急遽ニューヨーク周辺で活動するミュージシャン仲間に連絡を取り、事の成り行きを説明し、なんとか少しでも仕事をフォローアップしようとしたが、既にほとんど壊滅状態のニューヨーク・ブルースシーン、食いつなぐだけの本数を取り戻すまでには程遠いのが現実で、その結果、やむにやまれず昼間のパートタイムを探すことにした。
手始めにマンハッタン内のほとんど全ての有名楽器店及びCDショップをまわってみたが、世の中はサンクスギヴィング、クリスマスシーズンという、一年を通して最も市場の
賑わう季節の直前、どこの店も従業員は既に確保済みというわけで、ほとんどが不採用、
何人かの顔見知りや旧知の店長達には「もう少し早く言ってくれれば...。」と丁重に断られた。もう時間的な余裕もなく、最終的にたどり着いた場所が、なんとマンハッタン内にある日系スーパーマーケットである。派手なステージ衣装を身にまとい、Xotic HIRO SUZUKI Model を腕に抱え、ステージで体全体をグルーヴに乗せるかわりに、白いうわっぱりにエプロンを着て、大根やごぼうを抱えて冷蔵室の中と店内を行ったり来たりする毎日が続いている。
いくつになっても、どこで何をしていても、自分は自分でしかないわけで、ただただ目の前にある「やるべき事」を日々黙々とこなし続けるのみ、自分をしっかりと持っていさえすればそれだけで十分である、そんなことを絶えず自分に言い聞かせる毎日なのだが、こうも突然に、そしてこの年齢になって、生活のグルーヴがここまで激変し、忙殺される毎日を送らざるを得なくなると、その肝心の「自分」が一体今何処に向かっているのかがわからなくなり、恐ろしく不安になってしまう。「旧いドアが閉まる時、必ず新しいドアが開く。」という言葉を思い出すし、是非そうであって欲しいと思う。でも今現在、その新しいドアのシルエットさえ見えてくる気配さえない。
こんな時、日頃から大きな心の支えになってくれている一人の人生の先輩から一通のメールが届いた。「他人と自分を比較するより、両手を見つめ、足元を見つめろ。答えは必ずむこうからやってくる。」この言葉だけを信じて、冷たい水にぬれる手を見つめ、擦り減ったスニーカーを見つめながら毎日を送っている。
傍から見ていても、2005年という一年はデボラにとって多くの不運が重なる一年だったのは確かだ。でも今の率直な気持ちを言うなら、それを差し引いて考えても、デボラを許す気持ちにはとてもなれない。このままデボラから何も謝罪の言葉がなかったとしたら、とても残念だがデボラへの強い不信感は恐らくどんなに時間が経過しても風化せずに心の中に残り続けるのだろうと思う。ただそれでも俺の中には、デボラに対する怒りとか恨みとかは全くない。プロ・ミュージシャンとして、親友として、ここまで仁義を欠いたデボラでも、やはりこの3年間、一緒に世界中を廻り、時には飲みすぎて大騒ぎし、悔しくて涙を流し、お互いを労わり仲良くやってこれたことをとても懐かしく思い出すし、深く感謝している。
当のデボラ本人からは、ブッキング・エイジェントを強く批判する内容のメールが転送されてきた以外、未だにバンド・メンバーへの釈明、謝罪はおろか、一切の連絡がない。これは約束の時間に現れなかったことと同様、非常にデボラらしくない行為で、だからこそなおさら周囲はひどく心配しているのだ。彼女とごく親しい友人の話では、心身共に相当疲弊してしまい、こちらでよくいわれる「ナーヴァス・ブレイクダウン」という状態にあるのではないかという。もしそれが本当なら、一日も早く完治して、またステージの上であの青いレスポールをガリガリとかき鳴らしてほしい。これを長い長いオフと割り切って、ゆっくりと時間をかけて、自分を見つめ直し、音楽を共有することの尊さ、楽しさを見つめ直すことが出来るといいと思う。そしてもし、気が向いたなら、マンハッタンにでも遊びに来て、一緒にその辺のバーにでも行って、冷たいハイネケンでも奢り合いながら話したい。2年前のように。
***前回のコラムで「秋がニューヨークを小走りで通り過ぎる足音が聞こえる。」と書いた。だが今年の秋はニューヨークを全力疾走で走り抜けけていってしまったようだ。もうダウンジャケットなしでは外出の厳しい季節が、キラキラのクリスマス・イルミネーションを引き連れて今年もやってきた。今までのニューヨーク生活で経験した一番寒い気温は、確か氷点下20℃だったと思う。確かに物凄く寒かったが、この時は風が強くなかったので、あまり強烈な印象を持たなかった。聞くところでは、ニューヨークは札幌とほぼ同緯度だそうで、そう考えればこの位の寒さはそんなに珍しいことではないのだろう。しかし2年程前、自宅から僅か数ブロックの交差点で猛吹雪を体験したときは、冗談抜きにあせったし、それ以来、この街の冬を侮ったらえらい事になると十分に注意している。
それは大雪の降った日の夜で、雪は既にやんだものの、物凄く風が強く、積もった雪に足を取られながら、狭い路地をゆっくり歩いて、大通りとの交差点に出た瞬間だった。あれが本当の「ビル風」というものなのかもしれないが、いきなり風が積雪を巻き上げながら交差点を中心にして猛烈に渦巻き始めた。視界が真っ白になり、吹き飛ばされそうになったので、とっさに近くの電柱にしがみ付いてうずくまり、風が収まるのを待ったが、その「雪竜巻」みたいなものはかなり長い時間吹き荒れていたように思う。何年か前にブルックリンで、大雪の中を徒歩で帰宅する途中、深雪にはまって窒息死した女性のニュースが流れたが、これはまったく他人事ではない。
***自分のホームページのBBSやジャーナルでも度々お伝えしている通り、来年(2006年)2月の日本国内でのスケジュールがかなり固まってきた。
2月17日(金)横浜サムズアップ(G.J.JUKE)
2月18日(土)渋谷テラプレイン(ヒロ鈴木、北川 純バンドへのゲスト出演)
2月19日(日)高円寺“楽や”(G.J.JUKE、アコースティックセッション)
2月22日(水)<未定>京都ネガポジ(ヒロ鈴木、塩次伸二ギタートレーニングジ
ムへのゲスト参加)
2月24日(金)<未定>藤沢ビートクラブ・ベック(G.J.JUKE)
2月25日(土)高円寺ジロキチ(G.J.JUKE)
2月28日(火)AM2:30〜3:00ラジオ関西「ブルース・ナイト」(ヒロ鈴木)
2月28日(火)渋谷クロコダイル(G.J.JUKE)
3月1日 (水)大塚ウエルカムバック(ヒロ鈴木、北川 純 主催のジャムセッ
ションへのゲスト出演)
3月3日 (金)品川トライベッカ(ヒロ鈴木、池田哲也セッションへのゲスト出
演)
3月5日 (日)西船橋「月」(ヒロ鈴木、池田哲也セッションへのゲスト出演)
2月22日と24日はもう間もなく確実になると思う。それから2月17日は、弱冠19歳の天才ギタリスト/シンガーの藤倉嗣久、25日は昨年の渋谷クロコダイルでも一緒だった、池田哲也率いる「WA」とのカップリング。そして、特に関西の方に伝えたいのは、2月28日(火曜日)の「超」早朝、午前2時30分からのラジオ関西「ブルース・ナイト」。長距離トラックの運転手さん、タクシーの運転手さん、夜勤の警備員の皆さん、それに夜勤の看護婦さん、是非聴いていただいて、ご感想をお寄せください!
そういうわけで、2月20日から23日までは、ラジオの収録や塩次伸二さんのギター・ジムもあって関西方面でうろちょろしているはず。何か面白いギグやイベントの情報をお持ちの方、是非メールで教えて下さい。待ってます!
***もう今年も残すところ後2週間足らず。今年は本当に、ホントウにいろいろあった。辛く重たい一年だった。だから来年こそ絶対に、ゼッタイに良い年にしたい。そうでもなきゃ、自分が可哀そすぎるぞ、全く。
皆さん、どうか良いお年を!
そして、日本の皆さん、この2月と3月に是非会いましょう!
思いっきり暴れようぜ!
追伸
今回の帰国ライヴではXotic HIRO SUZUKI ModelとBB PREAMPが燻し銀の活躍で俺をサポートしてくれるはずだ。とにかく、Xoticは素晴らしいインストゥルメントだから、百聞は一見にしかず、ライヴハウスに足を運んで体験して欲しい。そしてアンプは全面的にドクターZを使用するつもりでいる。これは今プロの間でじわじわと知名度を上げている、非常に完成度の高いアンプ。帰国が楽しみだ。
蛇足1
岡本太郎が著書「自分の中に毒を持て」で、「迷った時には、自分にとって一番厳しい生き方を、思い切って選んでみろ。」と繰り返し言っている。今の俺にはこの言葉がとても温かく感じられる。この厳しい状況をジャンプ台にして、今までの自分をどこまでそぎ落とし捨て去ることが出来るか、ちょっとやってみようかと思っているところだ。いつも何かを後悔し、何かのせいにし、自己嫌悪に陥ろうとする自分がいる。これはどうやら、単に自分に甘え、自分を突き放せずにいるかららしい。自分の中から飛び出して、自分自身をどこまで見つめられるか、どこまで耐えられる自分がここにあるかを見定めてみたいと思う。来年2月の日本での演奏一つ一つがそれら自分への課題の回答になる気がしている。どこまで自分を押さえ、次の瞬間にどこまで自分を爆発させられるか、大きくうねるG.J.JUKEの荒波をどこまで巨大な津波に変えられるか、全てはこの俺次第だ。
蛇足2
さすがにこの年になって、10歳も20歳も年下の若者達から仕事を教わりながら冷凍食品や豆腐を並べ、客に怒られながらながら袋詰めするとは思ってもみなかった。それでもなんとか笑いながら続けていられるのは、まさにそれら一緒に働く若者達のおかげだ。みんな元気で明るくて「リスペクト」を忘れない、素晴らしい人々ばかり。因みにそのスーパーマーケットはマンハッタンのミッドタウン・イースト、大きなデパートの近くにあります。どうか立ち寄ってみてください。いい買い物が出来るはずだし、白衣とエプロンに身を包み、ホウレンソウの束を抱えて大汗をかきながら走り回るHIRO SUZUKI もまんざら捨てたもんじゃない、惚れ直すぞ!
蛇足3
今、cdプレーヤーから流れているのはロバートJr.ロックウッド。疲れた心を癒してくれる。ブルースは、音楽は、歌は良い。やっぱり帰る場所はここしかないのかもしれない。

ねえ、デボラ、俺達は友達じゃん!
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