2008年05月14日

第42回:日本国内でのCDリリースは5月16日です。

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HIROMASA SUZUKI: From Where I Am
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私のファーストアルバム「 From Where I Am 」、
もう一ヶ月以上前からアメリカのCDBabyから購入可能ではありますが、
日本でも BSMFレコード より今月16日にリリースされます。
日本発売バージョンにはなんと超豪華「帯」付き!
しかもそれに加え、私のマイミクの一人でもあり15年来の飲み友達でもあり、
1998年度小説すばる新人賞受賞作家でもある、
野中ともそ先生直々書き下ろしの解説(将来プレミア間違いなし!)と、
あの伝説のミュージシャンや今をときめくあの超売れっ子シンガーの
貴重なコメントが添えられたライナーノートが付いてくるというのだから、
こりゃまた西村社長、太っ腹!
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このレコーディングには15年間のニューヨークでの音楽活動の中で出会ってきた
合計14名の現役プロミュージシャンが参加している。
全員が全員、もう既にべテランと呼べる長いキャリアを持つプレーヤーばかりで、
俺はこのアルバム「From Where I Am」で彼らを再度世界に紹介し、
瀕死状態のニューヨーク・ブルース・シーンは、実は瀕死なのはシーンだけで
ミュージシャンたちはゴキブリのようにしぶとくニヤリと笑って生きているのだということを証明したかった。
とにかく彼らの「音」に少しでも耳を傾けてほしい。最高のミュージシャンばかりだ。
Sam Taylor(vo)
Bill Sims(vo & g)
Jerry Dugger(vo)
Rick Fink(vo)   
Moose(vo)     
Dan Hickey(dr)  
Michael P. Nordberg(b)
Tim Tindall(b)   
Bruce Gordon(b & vo)
Arthur Neilson(slide g)
Brian Mitchell(piano & organ)
Craig Dreyer(tenor sax)
Dan Alvaro(tenor sax & baritone sax)
Jeoff Mattoon(soprano sax)
そしてこのレコーディングのために費やした足掛け2年以上、
最後の最後までレコーディング・エンジニアとして付き合ってくれた
Bruce Gordon はこのレコーディングがおこなわれたレコーディング・スペース
Greenpoint Studioのオーナーでもある。
また、マスタリング・エンジニアは
Gene Paul に手がけていただいた。

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***初めてニューヨークにやってきた頃、
マンハッタンにはいくつものブルースクラブやブルースバーがあり、その多くが週一のペースで
ジャムセッションの日を設けていた。偶然集まったミュージシャン達がテーマとして取り上げた
「曲」をリハなしの出たとこ勝負で「音楽」に構築するというジャムセッション、当然かもしれないが、
観る側にとっても参加するミュージシャンにとっても「良かった!」と思えるような
セッションにはそう簡単には出くわすことはなかったように記憶している。

ジャムセッションの出来不出来を左右する条件が3つあると思う。
集まったミュージシャン全員が理解している曲をテーマとして取り上げること、
ミュージシャン全員が演奏中にお互いを聴き合えるだけの技量があること、
そして最後が、自分の演奏(ソロ)を聴かせるよりずっと以前に、
まずは「曲」を「音楽」として構築しようという意識をミュージシャン全員が共有すること。

一つ目は言わずもがな、知らない曲やうる覚えの曲をうまく演奏できるわけがない。
参加者の知る由も無いオリジナル曲をいきなり歌いだしたり弾き始めたりする
甚だしく勘違いした参加者を時々見かけるが、これは論外だし、あまり知られていない曲や
コード進行やキメの複雑な曲を持ち込んでしまってはジャムセッションが成り立たなくなってしまう。
フィジカルにはシンプルでわかりやすいブルースが取り上げられがちなのは当然かもしれない。
ただ、シンプルがゆえに奥深く、ジャムセッションで質の高い演奏にめったに出会えないのもブルースである。
二つ目は、字面だけで解釈するなら、これは単にバンドの中で自分の担当する楽器を演奏する時
他の楽器を担当しているメンバー一人一人の演奏をよく聴く、ということになるが、
これはもう少し掘り下げてみると、バンドの中での自分自身の「立ち位置」を常に把握しておくこと、
言い換えれば、バンドの中での自分の演奏を常に客観的に聴く、ということになると思う。
そして三つ目は、早い話が、エゴを出さない、ということ。
ある友人のドラマーが、「音楽には良いエゴと悪いエゴがある。」と言っていた。
良いエゴとは、より良い演奏、音楽を共有し構築したいが為に
より良いミュージシャンと環境の中に貪欲に自分を投げ込もうとすること、
悪いエゴとは、周りはどうでも良いから、単に自分自身がより良く見られる為に
より良いミュージシャンと環境の中に自分を割り込ませようとすること。
音楽は共有できるもの、そして共有されるべきものなのだから、
セッションに集まった中に一人でもこんな「悪いエゴ」を持ちこもうとするプレイヤーが含まれていたら、
そのセッションからは絶対に良い音楽は構築されない。

一昨年の帰国の際に偶然の成り行きで開いた
プロミュージシャンによる招待制のジャムセッションを
去年も今年もおこない、出来れば毎年恒例にしようとしてきた。
「外タレには金を出して観に行っても、日本人なら観に行かない。」
「自分が飛び入り出来るジャムセッション以外はライヴハウスには足を運ばない。」
日本の音楽愛好者、そしてアマチュアミュージシャンに浸透している
こんな意識の壁をなんとか少しでも打ち砕ければと思っているからだ。
この壁は相当手強い相手で、どうやら「『本場』外国人アーティスト、『どうせ』日本人アーティスト」
というダブルスタンダード的な意識がこの根底にあるように思える。

昭和20年代中半から30年代中半生まれあたりのジェネレーション、
つまり年齢でいうと現在40代後半から50代後半あたりの世代で、
20代のかつてはミュージシャンとしてブイブイいわせていた、しかしのっぴきならぬ理由からプロになること、
あるいはプロであり続けることを断念せざるを得なくなり、音楽以外の方法で食ってゆく道を選び、
身を立て、家庭を持ち、子供も成長し、時間的にも金銭的にも安定した今、
改めて「音楽」の「封印」を破り人前で演奏を始めた、というミュージシャンに日本で随分とお目にかかった。
考えてみるとこの世代が「ブイブイいわせていた」現役の頃とは、
海の向こうのアメリカやイギリスの音楽シーンが最も熱かった60年代の余熱冷めやらぬ70年代で、
その熱波の張本人であるスーパーヒーロー達をまさにリアルタイムで経験することが出来た世代なのである。
時代の生き証人でもあるこの世代の奏でる音楽、それにミュージック・ライフ・ストーリーは
どれも熱くリアルで興味深いし、他のミュージシャンを見守る温かい視線からは
音楽への深い愛情を強く感じずにはいられない。

しかし同時に、全く正反対に、このジェネレーションの中にごくごく一部の向きに、
現在の日本の音楽、ミュージシャンを語るとき何故か意固地なまでに「70年代の海の向こう」と
比較したがる傾向があるのも確かだ。
そして極端な場合、彼らの語りぐさはまるで自分だけは特別な存在、
本当のスーパーヒーローを理解しているのは日本人では自分だけであるかのように不遜に語るのである。
もっとひどくなると、自分は少なくともこの点においては
「『どうせ』な日本人」ではなく、「『本場』の外国人」の方に属すると錯覚し、
「やっぱり今の日本人ミュージシャンはダメだ。『本場』とは違う。」などと言い切ってしまったりする。
そんな彼らにもとりあえず敬意を表し、彼らのギグに顔を出したり彼らを自分のセッションに招いたりすると、
エモーショナルな面でもテクニカルな面でも、そしてステージさばきという面でも、
人生の多くを投げ打ちプロを貫くミュージシャン達や
全身全霊で音楽する若いミュージシャン達と彼らとの間には
大きな大きな大きな差があることにはっきり気が付く。
つまり彼らが「のっぴきならぬ理由」で音楽を中断していた間に失ったものは膨大なのだ。
どんなに避けがたい「のっぴきならぬ理由」にも音楽を断念せずプロであり続けた
現役プロミュージシャンがその道のりで失った「人生の多く」と同じくらい膨大だ。
そして悲しいことに、当の彼らにはこの「差」がなかなか見えてこないらしい。
彼らにすれば、自分はあくまで「『本場』の外国人」だから、この「差」の責任は自分であるわけがなく、
「『どうせ』な日本人」である他のメンバーや関係者にあるのだと言い張るのだから、
むしろ「見ようとしない。」と言う方が的確かもしれない。
シリアスな競争の中に身を投じ自分の「音」を磨こうとせず、
いつまでたっても音楽が「憧れ」でしかないうちはこの「差」は絶対に見えてこないだろうし、
一生を賭けるに値する音楽を実感することも出来ない。
「音楽に命を賭ける」、プロミュージシャンにとってこの言葉は決して大袈裟には響かないはずだ。

以前ここで紹介した、ある作家の言い回しを借りるなら、さしずめこうなる。
「ちゃんとした企業に勤め空いた時間にギターを弾いてきた者の音と、20代から一人きりで食うや食わずの生活をしながらそれだけをやってきた本当のプロの音と二つを比べたら、歴然と違うものがある。ものを創り出すことを職業とする者は、安定を選ばずに自分の人生を棒に振る覚悟で『破滅』の淵を通り抜けた人間だ。蓄えなんかでギターを弾いてるようじゃダメだ。とにかくギターを弾くことでカネを稼ぐという『気概』を持つことだ。すべて放り出して弾き続ければ、30年後にはやっと食っていけるようにはなるだろう。人が20代の頃からやっていることを55歳から始めるのだから、オマエがプロギタリストになるのは85歳だ。」{「第37回:随想(2007年9月22日)」を御参照下さい。}

同じ音楽を愛する者同士、一度はスーパースターを夢見た者同士、
全く違う分野ではあれ、一(いち)プロとして何かに賭ける毎日を送る者同士、
威張らず、かっこつけず、嫉妬せず、ポジティヴに刺激し合い、音楽に染まり合いたいとつくづく思う。
素晴らしい音楽を体験したいなら、また構築したいなら、
誰よりも自分自身が最も重要な役割を担うのだということを忘れるべきではない。

2008年5月14日

posted by hirosuzuki1 at : 17:59 | コメント (0)

 

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